お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “夏も名残りか…”


さあさあと、木葉擦れの音と紛れるほどささやかな音を立て、
細かい雨が静かに降りしきる。
この夏は途轍もない炎暑が居着いたその反動か、
急激な気温上昇の反転作用よろしく、
こちらも“夕立ち”なんて呼ぶのは可愛らし過ぎるよな威力で暴れた、
途轍もない豪雨や雷雨が多かったのだが、

 《 …………。》

今宵の雨は、
そういった科学的な由縁から生まれた代物ではないらしく。
それが証拠に、
じりとも動かず その中に黙して佇む痩躯の剣士には、
静かな霧雨を隠れ簑としている“本性”の方の輪郭までもが、
明らかに見通せる。
都内だとはいえ、
昼夜の境なく繁華な都心からはずんと離れた住宅地。
日付が変わろうかというほどの時間帯ともなれば、
夜更の静けさばかりが垂れ込めており。
だがだが鄙びた片田舎でもないがため、
街灯や家々の常夜灯の明るさがそこここに滲んでおり、
真の漆黒をなかなか見いだせぬ。

  ざわり、と

風にあおられた木蓮の梢が大きく揺れて、
昼の間の炎暑に苛まれ、秋を待たずに枯れた葉を
ぱらぱらとそこいらへ撒き散らす。
真下へ落ちたものが大半だったが、
幾枚かは風に運ばれやや遠くまでを流れ、
そこに佇む存在の、軽やかな前髪へまで届いたついで、
それは無造作に貼りつきかかったところ、

  しゃりん・きんっ、と

ほぼ同時に弾けた銀の線が、中空にて掛け合わさり、
剣士の白い双手には、細身の太刀が一振りずつ握られている。
何事もなかったように周囲は静か。
辺りの雨脚もまた、何かに吸い込まれるようにすうと弱まって、
そのまま徐々に上がる兆しかと思われたものが。
次の瞬間、

  轟っ、と

渦巻くような旋風をなして吹きつけると、
金の髪した剣士殿の、七彩重ねた衣紋の裳裾、
勢いよくたなびかせての舞い上げかかったは。

  ようも刃向こうたな、という

何物かの高飛車な怒りの露呈にも見えたけれど。
ただただ翻弄されたまま、
辺りに落ちていた枯れ葉や何やも共に躍る中。
夜陰の黒へ輪郭を馴染ませ、音なしの存在だった彼がふと、
その切れ長の双眸へ、
ぎりりという力込めての鋭い刮目を見せたれば。

  ぴしり、パリパリという

乾いた炸裂音が立って、
白い光が旋風の中で稲妻のように次々に弾ける。
渦巻いていた風の中、秘そやかに紛れていた何かしら、
彼を圧倒し、ぐるぐると囲うて、
絞め殺そうとでもしていたらしき存在が、だが。
次々弾ける閃光に切り刻まれ、
最後には大きな閃光に一気に灼かれての見る見ると、
その影を小さく小さく呑まれてってしまう。
おぉうん、と咆哮しつつ、
夏の夜陰のどこかへ吸い込まれていって、
風の中にはもはや跡形もない……




     ◇◇


ふるると小さな頭を振り回し、
柔らかな毛並みへ細かな霧みたいに散りばめられていた水滴を、
周囲のあちこちへと撒き散らかした。

 「え? あ、久蔵、どうしたの そんなに濡れて?」

どこの草むらを突っ切って来たのやら、
小さな総身の上へ、
ビーズを散りばめたケープでも
まとっているかのような様相となったメインクーンさんが、
朝刊を取りにと門柱まで出て来たお兄さんの
その足元へと擦り寄りつつ“なぁう・にゃぁご”と甘えてかかる。
昨夜の雨で 外はあちこちがびしょ濡れだと気づいてはいたが、

 「もうもう、
  何もこんな朝に早起きしなくてもいいでしょうに。」

風邪を引いたらどうしますかと、
しゃがみ込んでの両手がかりという、
それは丁寧な抱え方で白いお手々へ迎え入れ。

 「ミルクを温めようね。
  お砂糖も入れるからね。
  あ、練乳の方がいいかなぁ。」

白いフリースの半袖に半ズボンから剥き出しの
やわらかな腕や脚がちょっぴり湿っているのは
汗というより雨のせいだろ、腕白さんを抱えたまんま。
軽快な足取りで母屋へ駆け込む七郎次。
そのなだらかな肩の線から、向背を見やった小さな坊やの、
玻璃玉みたいな紅色の双眸が、くるりとその潤みを光らせる。

 《 ……。》

隙をついたつもりだったか?と。
もはや姿も保ってはおらぬ、
晩夏の外気へ溶け込んでしまった
何物かの残滓へ向けて。
つんとお澄まししたまんま、
余裕のお顔をして見せる今は坊やの大妖狩り様。

 「ほら、クロちゃんが呼んでるぞ?」

小さなお手々で掴まった相手の、
あやすようなお声に応じた振りで、
ふんわりとやさしい懐ろにやわやわの頬を擦り付けると、
名残り惜しげに甘えっ子モードへと意識を切り替える。
頬をくすぐった風はまだ、
夏の蒸し暑さの予兆をはらみ。
空のどこかには遠雷の響き。
まだ秋までは遠そうな気配の中、
曖昧な朝ぼらけに、
小さな仔猫のお耳がふるると震え。
昨日の続きの今日が穏やかに始まる…。






   〜Fine〜 13.08.24.


  *とんでもない夏が終盤になってやっと、
   私の住まうここいらでも雨ですが、
   よそのあちこちでは甚大な被害が出ているようですね。
   どうかくれぐれもご用心とご自愛を。

  *そして、大妖狩り様、
   夏場もお忙しい夜を駆け回っておいでだったその一端を。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る